居着きたい場所

美容室のカードが全部埋まった。
今度行ったら、新しいものを貰えるだろう。

なんとなくその記録を見直していると、ここに通い始めてもうこんなになるか、と感慨深いような、え?もうこんなになるか?と過ぎゆく時の早さに冷や汗をかくような、複雑な思いがした。

群馬に来てからここは3代目の美容室だ。
1代目はとにかく家から近かった。
妊娠中に何度か通い、投げやりに「とにかく短く、なんのストレスも感じないように、短く、お願いします。」というようなオーダーをしていたと思う。

人生で一番寂しい一年だった。
アルバイトもできなくなった妊娠後期。
夫以外の話し相手が欲しくて、美容師さんが話しかけてくれる度に喜びながら、でも話すことが久々すぎて、頭の中で文章がうまく組み立てられなくて、しどろもどろに、とにかく口を動かしていた。
あの頃は、関西弁を話すことが妙に恥ずかしかった。でもその心境の方がよっぽど恥ずかしいようにも思えて、逆に意識して関西弁を使ったりもした。今はその一連の流れそのものが恥ずかしいと思う。そしてそれが私の奮闘記の一幕だとも思う。

スーパーのレジで店員さんと業務上の会話を二、三言交わすだけでも、少し心が軽くなった。
そのスーパーがまもなく閉店すると知った時は、感謝の思いが余って、男子高校生のアルバイトの方に「明後日、閉まるんですね。驚きました。残念です。」と声をかけてしまったほどだ。

男子高校生のアルバイトは「…あ、はぁ。」と言った。そうだよなぁ。あ、はぁ、としか言いようがない。

娘が生まれて、少し身体が回復してくると、お洒落をしたい、という欲望が久々にむくむくと湧き上がってきた。
この頃ほど、心と体の密接な繋がりを実感したことはないだろう。
あ、なーんや、全部ホルモンか!全部ホルモンのあれやったんか!と拍子抜けをするほど、産後の私はみるみると、私の感性を取り戻していった。

そして2代目の美容室へ通い始める。
木造のゆったりとしたハワイ風なその美容室は、こじんまりとしていて居心地がよく、私はすぐにそこを気に入った。明るい男の店長さんに髪を切ってもらいながら軽快に話をして、笑いの絶えない楽しい時間を過ごした。
店長さんが「ここ改築する時に火災保険手厚くしすぎて、いっそ火事になった方がいい建物に生まれ変わるのに。」みたいな物騒なことを言っていたのが印象に残っている。

2代目にも何度か通ったものの、仕事が忙しく、計画的に予約することができないことがあり、都合のよい日にたまたま予約ができた美容室に試しに行ってみた。
それが今も通い続ける3代目の美容室だ。

店内の内装は特にインパクトのあるものではなかった。清潔感があって、明るくて、シンプルに必要な設備が備わっていて。
担当してくれた女性の美容師さんも、同じ。清潔感があって、明るくて、シンプルな、それでいて上品なセンスのよいものを身につけられていて。

「こういうお客さんに来てほしい。」というメッセージをそこに感じなかったし、「こういうお客さんには来てほしくない。」というメッセージもそこには感じられなかった。

大橋トリオのアルバムが気にならない程度に優しく流れる店内で、インテリア雑誌を読みながら、ぼんやりと髪を切られて。
こちらの状況を見ながら優しく話しかけてくれる美容師さん。優しい。温かい。優しい。

それ以来、通い続けている美容室。
私の居着いている場所のひとつだ。

他にも、地元に帰るときは必ず寄って、お土産を見繕う雑貨屋さん。
本当に美味しい珈琲を堅苦しくなく飲ませてくれるカフェ。
私の好みを完璧に理解してくれている服屋さん。
優しい甘みで毎日でも食べられるアイス屋さん。
季節感を大切にされている清潔な店内でつるりと入っていく美味しい饂飩を食べさせてくれる饂飩屋さん。

いつのまにかこの街に生きていて、いつのまにかこの街に居着いている。
店に居着き、人に居着く。

私の居着くお店はどこも、大きく変わらず、小さく変わり続ける。
そしてこの街のよさをここから広げていこう繋いでいこうと努力されている。
明るくて、開かれていて、多様なお客さんに愛されている。

私は、よくここにあいつを連れてきたいな、と思う。
私の世界もそうして少しずつ広がって繋がって、大きくは変わらずに小さく変わり続けて回っていく。

落ち込むこともあるけれど、私、この町が好きです。ってやつやな。
これを読んでくれるほど私に近しいあなた、是非、お立ち寄りの際はご連絡くださいな。

0コメント

  • 1000 / 1000

かほ

書きたいこと書いていく場所