娘の咳が止まらなくて、一週間ほど、止まらなくて。
どうしてもコロナウイルスのことが頭を掠めるが、まぁ熱もなく、お医者も夏風邪かねってな雰囲気で、お薬を出されたので、それを信じて。とはいえ保育園はしばらくお休みしていて、夫の実家に毎日見てもらっているのが申し訳なく。家族に体調不良者がいれば自分も休む。そう言われていても、そんなん、さぁ。ほんなら始業式からの一週間休みまーす、でほんまにええのんか。ほんまのほんまにか?私は、できない…。発熱してたらさすがにあれやけど、咳だけでは、できない。
でもその自分の行動にもすごくモヤモヤして、朝目覚める度に自分の身体が不調でないことにほっとして、それもなんだか、息苦しそうに咳をする娘に悪いような気がして、寝る時は特にひどく咳が出て、苦しそうな娘が可哀想で、義母に申し訳なくて、とにかく、早く治ってほしくて。焦ってた。確かに。回復の兆しを一刻も早く感じたくて。実母が薬剤師のため、子供の頃からとにかく母の指示は絶対だった。母が飲めという薬を母が飲めという時間に母が飲めと出した用量で飲む。それはもう私にとっての信仰のようなもので、飲んだその時には既に、苦かったけど、これでもう大丈夫だ、というような安堵感に包まれて子供の頃の私は眠ったのだった。今日はその信仰を娘や夫に押し付けたような形になったというわけなんだろうか。ごめんね。私が悪かったよ。もう少し、甘いゼリーを加えてあげればよかった?嫌がった段階で無理をさせなければよかった?焦らずに、ゆっくり、ゆっくり、あげていれば?娘は泣いて泣いて咳をして吐き戻してしまって、ああ、せっかく食べた、夕飯が全部、出てしまった、せっかく、食べたのに、とか、それはどうでもよいか、でも、でも、これは、母が寝る前に飲めと、私に言った薬だから、これだけは、絶対に飲まないといけなかったから、うぅ、ごめん、苦しくて苦くて嫌な思いをさせてごめん。早く治ってほしかったよ。夫に、だから言ったのに、と言われたことが、私の中の何か大きな栓を外してしまったみたいで、娘の吐瀉物を拭きながら、うわぁぁぁんと泣いた。娘がどうしたの、母ちゃん、どうしたの。と頭を撫でてくれて、薬を飲んでほしいよぉぉぉでもごめんねぇぇえうわぁぁぁんと意味不明なことを喚きながら泣き続けた。シャワーを浴びて出てくると夫が温かいコーヒーがあるよ、と言ってくれた。コーヒーは一杯だけしか用意されていなくて私のためだけに入れてくれたのかと思うといかに夫を動揺させてしまったのかが窺い知れた。動揺とかじゃないだろう頭がおかしくなっちまったと不安に駆られただろうな本当に悪かった。少し落ち着いた時に娘に小声で、明日はさ、ちゃんと甘くするから、ちょっとにするから、お薬、頑張ろ、と話すと、娘はまたげが出ちゃうから無理だと思うな、と言った。あんなに心配してくれていたのに、シャワーのあと服を選びに2階に行っている間も、母ちゃんは、ゆっちゃんがお薬飲めなくて、さみしかったんじゃないかねぇ、とか、母の心情を適切に分析していたのに、お薬、だめなんかい、ちょっとだけでも、だめなんかい。はぁ。でも少しましになってきたみたい。横ですうすうと喉の通ったきれいな寝息をたてている。明日は、オレンジを剥いてあげて、大好きなゆで卵を朝一番に、作ってあげよう。そんで、上手いこと言って、なんとか、ちょっと、ちょっとだけ、苦い薬を飲んでもらいたい。私の信仰を押し付けないように、十分、気をつけて。
かほ
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